空席通信
2001.8.30 No.96


『日本文学報国会』を上梓したのは1995年6月であった。本文499ページ、索引27ページと分厚いものになり、定価をおさえるのに苦労した。わたしは、つねづね、本は多くの人が購入しやすい値段でなければならない、と考えている。そこで、出版社と何とか安くならないか交渉し、初版のわたしの印税を少なくすることで本体6500円にしてもらったが、それでも高価な本になってしまった。この値段は購入を躊躇する値段である。幸い、好評で版を重ねたから、ほっとした。
 今回は、その際に書き漏らしたことについて補筆しようと思う。
 日本文学報国会に群がった文学者たちがいろいろな翼賛事業に参画したことには触れたが、正規の日本文学報国会の書類が焼却されてしまっているから、正確なその全貌はもう今では不明である。
 ところが、ここに、諸事業の一つである事跡の成果を賛歌する書物がある。市販されたため焼却処分を免れて残ったものだ。1943年9月に銀座にあった文松堂書店から発行された『増産必勝魂』である。鎌倉に住む友人が所持していて教えてくれた。
 同書の奥付によると、発行部数は1万部、編者は日本文学報国会となっている。定価は二円二〇銭で、当時の特別行為税が課税されて売価は二円三四銭である。総ページ316だから当時では普通の値段である。

 同書には、まえがきもあとがきもなく、次のような文学者たちが一章づつ執筆している。
寒川光太郎、阿部知二、里村欣三、山本和夫、寺崎浩、山岡荘八、小田嶽夫、上田広、北原武夫、桜田常久、玉井政雄、北村小松、火野葦平、豊田三郎、丹羽文雄、石坂洋次郎、井上康文、榊山潤、大江賢次、海野十三、間宮茂輔、木村毅、浅野晃、角田喜久雄、村上元三、大木惇夫、高見順、北川象一、尾崎士郎。
 総勢二九名中、山岡、間宮、桜田、寒川の四名がダブって発表しているから、本文は三三章で構成されている。
 そして付録として「増産の核心を衝く座談会」が併録してある。
 この座談会の出席者は
陸軍省整備局戦備課・野北少佐、海軍省報道部・上田中尉、日本文学報国会事業部長・戸川貞雄、放送局・南江治郎、読売新聞編集局長・中満義親、同企画部長・吉本明光の六名に作家の豊田三郎、尾崎士郎、丹羽文雄、寒川光太郎、里村欣三ら五名である。
 この座談会の主催者の一員(読売新聞社)の挨拶が、座談会の冒頭にあり、それを読むと、この本の内容がわかるので引用しよう。引用文は適当に現代表記に改めている。

  読売新聞編集局長・中満義親
  今日はご多忙中わざわざおいでくださいまして有り難うござい   
ます。大東亜戦争はすでに一年半戦われ、御稜威のもと皇軍の奮戦によりかくかくたる戦果をあげ今や大東亜共栄圏確立の戦争即建設の段階に入りましたが敵米英も必死になって対日反攻を企て、ことにアメリカはその豊富な資源物資を唯一の頼りに戦争資材の天文学的数字の生産をもって対日威嚇謀略をおこなっております。これに対して帝国の作戦遂行に必要な戦争資材の生産増強こそ大東亜戦争の勝敗の鍵を握る次第であることは今更贅言を要さぬところでありますが、戦争に勝つための生産増強は単に産業戦士を鞭撻激励しただけでは遂行出来ない。これは国民全部が生産増強が焦眉の急であることと、産業戦士がいかに生産増強に挺身敢闘しているかをはっきりと知って産業戦士の増産敢闘を感謝し激励し支援することによって飛躍的な生産増強を完遂したい、とこう考えまして「生産戦場躍進運動を」を展開することになったのであります。ご承知のようにこの運動は陸軍省、海軍省、商工省、厚生省、情報局、大政翼賛会、日本放送協会のご後援ご指導のもとに日本文学報国会、大日本産業報国会と本社の共同主催のもとに日本文学報国会の会員中、陸海軍の報道班員として、あるいはまた皇軍勇士として砲弾弾雨の第一線に奮戦された帰還作家二九氏に全国重要産業職場を訪問していただいたのです。そして工場の産業戦士の寄宿舎に泊まっていただき文字通り産業戦士と寝食を共にして「ここも戦場だ」と生産増強に敢闘する産業戦士の奮闘ぶりを親しく見聞し、同時に講演会とか座談会を催して帰還作家が戦場で体験された皇軍将士の奮戦談とか、その工場で製作されたものが、戦場でいかなる風に活躍しているか話してもらって産業戦士に感謝激励をする。そしてこの戦場の訪問記をつづったものが「増産必勝魂・職場の報告」として読売報知紙上に連載した次第なのであります。さてこの生産戦場躍進運動を実施するという社告を発表いたしますやほうぼうの重要産業工場から是非帰還作家を派遣してくれとの、熱心なお申し込みがありましたが、帰還作家を派遣する職場の選定は全部後援をしていただきました官庁、特に、陸海軍と商工省のご指示によりまして鉄、石炭、軽金属、船舶、航空機の五大超重点産業と直接戦争資材に関連する工場を選定いたしましたので甚だ遺憾ながらそのご申し出に応ずることが出来ませんでした。同時に数カ所の重要産業工場から職場の報告の原稿も送付されましたがこれも同様掲載することが出来ませんでした。このように工場側からも非常に熱心なご支援を得まして「増産必勝魂・職場の報告」の連載を終わり、帰還作家の文学報国によって生産増強に敢闘する産業戦士が皇軍将兵と同様の気迫のもとに身命を賭しての聖戦完遂の状況が読売報知160万の読者を通じて全国民に徹底的に浸透し今や生産増強は文字通り一億国民が直接的であると間接的でsるとの差はあっても生産増強に敢闘し敵米英の息の根を止めるまで大東亜戦争完遂に邁進しつつあることはご同慶に堪えぬところでありまして、ここにご後援、ご指導を賜りました諸官庁、公共団体、帰還作家の工場訪問に際しかゆいところに手のとどくようなお世話を下さいました産報、会社工場の当局の方々、又共同主催者としてご協力下さいました日本文学報国会、大日本産業報国会の方々に改めてお礼を申し上げ、この座談会開催のご挨拶に代えたいと存じます。尚座談会の進行については吉本企画部長に依頼します。

 以上のように、この本は日本文学報国会員の中で陸・海軍報道班員として従軍した作家たちが、当時は産業戦士と呼ばれた労働者たちの就労する軍需工場を訪問して、彼らに檄を飛ばした記録集である。
 中満編集局長の挨拶の後、吉本企画部長や陸・海軍省の代表者、日本文学報国会事業部長、それに出席した従軍作家たちの、翼賛的発言が記録されているのだが、それらについては割愛する。
 そこで関心があるのは二九名の作家の翼賛発言である。
 まず、それぞれの作家の訪問工場を列記しよう。戦時下の機密保持のため、工場名は○○工場などと伏せられている工場が多いが、それはたいした問題ではない。

寒川光太郎(海軍報道班員)    ○○船渠会社・:中島飛行機製作所
阿部知二(陸軍報道班員)     東京芝浦電気川崎本工場 
里村欣三(陸軍報道班員)     磐城炭鉱
山本和夫(陸軍報道班員)     大日本兵器湘南工機工場
寺崎 浩(陸軍報道班員)     大阪木鉄造船会社
山岡荘八(海軍報道班員)     愛知○○工場・○○飛行機製作所
小田嶽夫(陸軍報道班員)     日立鉱山

上田 広(陸軍報道班員)     日立兵器水戸工場 
北原武夫(陸軍報道班員)     昭和電工○○工場
桜田常久(海軍報道班員)     鶴見造船所・東京製綱○○工場
玉井政雄(帰還作家)       ○○株式会社
北村小松(海軍報道班員)     川西飛行機株式会社
火野葦平(陸軍報道班員)     三池炭鉱
豊田三郎(陸軍報道班員)     日本製鋼広島製作所
丹羽文雄(海軍報道班員)     川南造船所
石坂洋次郎(陸軍報道班員)    川崎重工業艦船工場
井上康文(海軍報道班員)     三井化学工業
榊山 潤(陸軍報道班員)     長岡市○○製作所
大江賢次(陸軍報道班員)     八幡製鉄所
海野十三(海軍報道班員)     神戸製鋼所
間宮茂輔(海軍報道班員)     旭兵器工業○○工場・萱場製作所
木村 毅(陸軍報道班員)     中島飛行機小泉製作所
浅野 晃(陸軍報道班員)     日本軽金属○○工場
角田喜久雄(海軍報道班員)    渡辺鉄工所
村上元三(海軍報道班員)     日立製作所
大木惇夫(陸軍報道班員)     東京機器製作所
高見 順(陸軍報道班員)     芝浦工機○○工場
北川象一(陸軍報道班員)     日本鋼管川崎工場
尾崎士郎(陸軍報道班員)     日本製鉄広畑製鉄所

 

作家名のつぎに()で肩書をしめした。

 北川象一は詩人の北川冬彦のこと。彼は戦前の自分の仕事(業績)を恥じて転向し、シンガポールに従軍したのを機会に、このように改名したのであった。その経緯を彼自身が発表している文があることは別のところで述べたから、ここでは触れない。どの文章にも扉があり、そこには工場を視察(?)する作家の写真がそえられているものがある。さらに、作家の中にはそれぞれの文末に簡単な経歴がそえられている者がいる。その区別の基準は明らかにされていないが、紹介しておこう。

 ●山本和夫 日本文学報国会、文化奉公会会員詩人、中支戦線に出征し帰還後「山ゆかば」「青衣の姑娘」を発表し小説家としても名あり、陸軍報道班員としてビルマ方面戦線に従軍す
 ●寺崎 浩 日本文学報国会小説部会員、早大仏文科出身、代表作に「角」「楕円の脈」「交響楽」「吾等力あらば」がある。マライペナン方面に報道班員として従軍す
 ●山岡荘八 日本文学報国会員、海軍報道班員として潜水艦に便乗、南方各海域に従軍す、「南郷少佐」「海底戦記」らがある
 ●小田嶽夫 東京外語出身「城外」「悩める支那」「北京飄々」「紫禁城の人々」らの作がある、陸軍報道班員としてビルマ作戦に従軍す、日本文学報国会小説部会員
 ●上田 広 日本文学報国会員、文化奉公会員、支那事変似出征「黄塵」「建設戦記」「帰順」「地熱」その他の作あり、陸軍報道班員として比島方面の作戦に従軍す
 ●北原武夫 日本文学報国会小説部会員、創作集に「妻」「門」、評論集に「創造する意志」その他がある。陸軍報道班員としてジャワ作戦に従軍す
 ●桜田常久 日本文学報国会員。長篇に「安南黎明期」短編集に「平賀源内」「最後の教室」らあり、海軍報道班員として比島作戦に従軍
 ●玉井政雄 火野葦平氏の実弟で南支方面で陸軍軍曹として参戦した帰還作家、昨年読売新聞に現地報告「香港戦記」を寄せたことがある。著書に「南方画廊」「兵隊の花園」その他がある
 ●北村小松 慶大英文科出身、近作に「燃ゆる大空」「基地」「海軍爆撃隊」がある。航空本部嘱託、海軍報道班員としてセレベス方面に従軍、日本文学報国会小説部会員
 ●火野葦平 「土と兵隊」「麦と兵隊」「花と兵隊」の三部作により文名をうたわる。「広東進軍抄」「河童昇天」「河豚」「糞尿譚」「美しき地図」その他の作品集がある、陸軍報道班員として比島作戦に従軍す
 ●豊田三郎 大陸開拓会員、元「行動」の編集者、小説集「弔花」「新しき軌道」「北京の家」らの作品集がある、陸軍報道班員としてビルマ作戦に従軍す
 ●丹羽文雄 日本文学報国会員「海戦」「現代史」「この響」そのた作品多数あり。海軍報道班員としてソロモン海戦に従軍中負傷して帰還す
 ●石坂洋次郎 日本文学報国会員「若い人」「暁の合唱」「美しい声」「小さな独裁者」らの作あり、陸軍報道班員として比島作戦に従軍
 ●井上康文 日本文学報国会詩部会員、詩集「愛する者へ」「土に祈る」「光」ら、近著「赤道を越えて」海軍報道班員としてビスマルク群島、ニューギニア、珊瑚海戦に従う
 ●榊山 潤 日本文学報国会員「天草」「歴史」「苦命」「生産地帯」「おかしな人達」らの作品あり、航空隊付陸軍報道班員としてビルマ方面作戦に従軍す
 ●大江賢次 日本文学報国会員「我等の友」「移民以後」「広野涯なく」らの著者。陸軍報道班員としてジャワ作戦に従軍す
 ●海野十三 日本文学報国会員「赤道直下」「ペンで往く」「撃滅」「海軍陸戦隊従軍記」そのたの作あり、海軍報道班員としてビスマルク、ソロモン方面の作戦に従軍
 ●間宮茂輔 日本文学報国会員「あらがね」「突棒船」「怒濤」ら生産面に取材せる作品多く、この他「無花果の家」「いのちのかぎり」「野の断層」らの著作がある。○○南艦隊付海軍報道班員として従軍す
 ●木村 毅 日本文学報国会員「大山元帥」「乃木将軍」「農人乃木」「南の真珠」そのたの著作あり、陸軍航空本部嘱託として比島方面に従軍す
 ●浅野 晃 日本文学報国会評論部会員「英国史」「西洋二千年史」「古典の精神」「岡倉天心論攷」「日本精神論攷」らの著述あり、陸軍報道班員としてジャワ作戦に従軍す
 ●角田喜久雄 日本文学報国会員、本社客員「山田長政」「妖棋伝」「黒潮鬼」「髑髏銭」「妻なれば」らの作品あり、海軍報道班員としてニューブリテン、ソロモン方面に従軍す
 ●村上元三 日本文学報国会員「上総風土記」の一作にて直木賞を獲得、「北斗の鏡」「台風の門」「花火」「先駆者の幡」らの作品がある、海軍報道班員として西南太平洋方面に従軍す
 ●大木惇夫 日本文学報国会詩部会幹事、詩集「風・光・木の葉」「秋に見る夢」「銃後歌謡集」大東亜戦争現地詩集等の著あり、陸軍報道班員としてジャワ作戦に従軍した
 ●高見 順 本名高間芳雄、日本文学報国会員「如何なる星の下に」「故旧忘れ得べき」「諸民族」「起承転々」「蘭印の印象」その他の創作・評論・随筆集がある、陸軍報道班員としてビルマ方面作戦に従軍す
 ●北川象一 旧筆名北川冬彦、日本文学報国会印、詩、小説、シナリオ、映画評論等をよくし、詩集に「実験室」「河」小説集に「古鏡」評論に「現代映画論」等がある。陸軍報道班員として戦後のマライ文化建設に従事す
 ●尾崎士郎 日本文学報国会印「人生劇場」「空想部落」及び近刊に「陣雲残筆」「戦影日記」「高杉晋作(黎明篇)」等の著書がある、陸軍報道班員として比島作戦に従軍す
 
 さて、個々の文章だが、今読めば、どれも空疎な月並みの文ばかりでげんなりする。当時は、そんな文が戦意高揚、翼賛精神賛歌の感激的文だったのである。
 阿部知二が東京芝浦電気の川崎工場における「増産必勝魂」をどのように書いているか抄出しよう。

 ◆戦場へ通う繊手 暖衣すてなお明るく健やかに

「西遊記」の物語をむさぼり読んだおぼえのない人は少なかろう。幾千万里の空を一瞬に飛ぶ孫悟空、居ながらにして遙かな敵襲を知る魔霊、くしき力の光を空に走らせる御仏──私はいま貴重な紙面に閑文字を弄しようというのではない。──いにしえの支那人の脳裏にはられた、その神変不可思議な夢想は、いま、陸に空に水上に水底に行われている大戦争に、まさに現実となっている。どんな働きのどんな機械があるかは、専門家について、秘密ならぬ範囲でたづねるもよかろう。世界の各国が必死にこの科学技術の戦をつづけ、われらもここに必勝をこそ期しているのだ、とは誰しも銘記しているところだ。研究所の頭脳の中に生まれ出たものは、無数の男女工人の腕のたゆみない働きによって、実現された武器になる。少女の指の一つ一つの動きが、そのまま何千何万哩の彼方の見えざる敵と戦闘している。
 ここに数十の寄宿舎があり、それは一つの町をなすほどの青少年男女の数をふくんでいる。昼間のぞいてみれば、その町は空っぽだ。この町の住民は勤勉の模範だ。みんな朝の五時半に起き、仄暗い寒風裡を、工場その他いくつかの姉妹工場に駆けつけ、七時二〇分から五時か六時まで、昼食四〇分のほかは、働きにはたらく。
 夜も昼も一年中火の絶えぬ竈のまわり、夜などは百数十度になるというところに、熟練した先輩にたち混じって、紅顔の、まだ田圃の匂いがただよっているような少年が、われわれから見れば何やら不思議な技術で不思議な者を造っている。見渡すかぎり少女が腰掛けて、機械と争って指を動かしているところもある。
 日が暮れたとき、その若者らのねぐらを訪ねてみよう。一人わたり四匁の炭火にかじりつくひまも、少年工諸君にはない。本物の兵隊にゆくまでの数年間に、甲種工業学校出の資格を得るというための授業勉強が、九時半の消灯までつづけられる。生活は兵営ぶりだ。
 廊下で点呼の声が響く。皇大神宮、宮城遙拝、黙祷、故郷の父母への挨拶、国民の誓詞──私はふと南に行くまえ、某所の兵営で、一老兵として同じように点呼したり、教練した一ヶ月のことを思い出してしまった。呼集のラッパが鳴る。少年たちが廊下を急ぐ。私の身体の筋肉が、おぼえのラッパの音に反射運動を起こす。……(以下略)

 こんな調子の翼賛文である。嫌々書いている調子など全く見あたらない。
 
 私より二年先輩の中学生たちが千住の軍需鉄工所に勤労奉仕中、空襲を受けて何人かが吹っ飛んだ。
 彼ら若くして死んじゃった産業戦士たちは、以上に見たような「増産必勝魂」を鼓舞した作家たちが、敗戦後にヒューマニスト面をして文筆生活にいそしんだことを知らない。知っていたら化けてでるだろう。
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