空席通信
2001.9.30 No.97

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 稀覯書とはいえないが、やたらにお目にかかる書籍でもない。半世紀にわたる探書遍歴の過程で私は一度も目にしていない。だから、あまり好きな言葉ではないが、珍書の部類にはいる本だろう。
 そんな本、どうやって入手したの? 種をあかしましょう。朝日新聞の記者だったS氏からいただいたのである。S氏がどのような経路で入手されたのかは詳しく聞いていないが、それはどうでもいいこと。

 A5判より縦横が2センチほど大きい体裁で95ページ。翻訳書だから、まず原題と出版社を紹介しよう。原題は『REPORT FROM TOKYO』 出版社はニューヨーク市6番街のロックフェラーセンターにあるSIMON and SCHUSTER社である。出版日は1942年11月、日本語版は翌年の8月に、日米民主委員会出版部から発行された。この出版部もニューヨーク市にある。どのような性格の委員会かは不明。
 著者はJosephC,Grew。そう、彼は1880年生まれの外交官で1932年2月から日米の開戦まで駐日米国大使だった人物である。したがって本書は、日米開戦後、彼が交換船で帰国してすぐ出版されたものである。原書を見ていないが、「米国民へのメッセージ」と副題があるらしい。
 戦に勝つには敵のことをよく知らなければいけない、とは古来からの言葉だ。本書は敵国・日本を知悉する人物が米国民に、日本を知ってもらうために書いた、副題通りのメッセージである。
 現在の目で見れば、その内容に驚くような記述はない。つまり、もうよく知られていることばかりである。
 しかし、それらが1942年に記述されている事には驚く。
 目次はつぎのようなものだ。

著者小伝
日本語版刊行者序文
序言
まえがき
対日宣戦布告を要求せるルーズベルト大統領の議会教書
第一章 日本より帰りて
第二章 戦争は何故起こったか
第三章 日本はどこまで挑戦するか
第四章 日本を敗北せしむるには如何に戦うべきか
第五章 何故我が国は日本と取り引きし得ぬか
第六章 日本の青年
第七章 日本の真理
第八章 この戦争は果たして人種戦か
第九章 太平洋の我が盟邦
第十章 日本の約束とその履行
第十一章 あとがき 新しき世界

 日本の労働者の賃金は戦前でも辛うじて生活を支えていたのだから、今日の状態は推して知るペきだが、それに就いて一言も口を入れる事が出来ない。労働者の時間にしても驚く程長く骨の折れるものだが之に対しても何も云えない。かりに労働組合が存在するとしても待遇改善の要求など出せるものではないし、事実組合は警察の『思想係り』の残酷な弾圧手段で地下に押し込められて終った。日本の労働者はこの世界に生れた瞬間から不衛生な労働条件で長時間働きづめ、不味いものを食って人生に疲れ果て永久に此の世を去る迄、一生涯自分の言いたい事を云う自由など殆んどないと云つてもよい。
 日本の雰働者の生活はこんなものであるが、何処の国の雰働者でも日本軍に蹂躙されゝば之と同じ様な、或は之より以下の生活を強いられるであろう。
 然し敵がこんなに貧乏であり、統制によつて手足を縛られているのを見て早まった判断をしてはいけない。以上述べた所は自由の中に育つ米国人ならば必ずや反抗してたち上る様な状態であるが、日本と米国とはあらゆる方面で大きな相違がある。こんな状態にあつても津浪の如く東亜を席捲し、今後も出来さえすれば更に拡がって行く日本の軍事機構を築くために日本の労働者は唯々諾々として汗水を流して来たのである。
 日本人は建国の当初から統制生活には馴れ切つている。日本には未だ封建時代に生まれた者で生き残っているものがある。当時の封建諸侯は庶民に対して生殺与奪の絶対権を握っていた。西洋諸国は封建制度を数世紀前に脱したが、日本では極く最近迄封建制が存在していたので、未だ地位名門に平身低頭し絶対服従する遺風が広く残っている。
 今日、日本の支配者は、日本人のこの従順服従性を完金に利用して、あの恐るべき軍事経済機構を創り上げた。もし或人が催眠術にかかるとすればその男に向かって彼が仔羊の如く温和であると信じさすことも又同時に咆吼する虎であると思い込ませる事も容易である。日本軍部は国民を催眠術にかけあたかも咆吼する虎であると信じさせている。その呪いが利かなくなる迄国民は虎の様に振舞うであろう。
容赦なき侵略の設計者ともいうべきこの日本軍部は極悪非道の狡猾さを以てその計画を実行して来た。その宣伝戦も長期にわたって間断なく行われ、日本の立ち後れさえもが戦争に備える為巧みに利用されて来た。例えば日本人の低い生活水準はスパルタ式生活に慣れる為に利用された。戦線の兵士も狭苦しい軍艦の水兵も、又陰鬱な工場に働く労働者も皆同じく栄養のない飯を食ペているが、米人ならば忽ち栄養不良で参ってしまうであらう。お上には絶対に服従する習慣の為日本の労働者は或る意味でナチス独逸より酷い統制生活をそのまま甘受せしめられている。そしてこの統制された生産機構は軍需品の生産のみを唯一の目的としている。支那での戦争の失敗は却って厳格な統制と配給制限を国民が文句なく受け入れる様利用されたが、その規定取締りの厳重さは戦争意識がなければ国民を必ず反抗させるに違いない程のものであつた。
 何にも増して日本の支配者は国民の頭に狂信的をな愛国奉仕の念む植えつける為宣伝機関を動員して効果を挙げて来た。日本の参戦を好まない者までも自分の個人的感情を葬り去って、日本の将来はこの戦争の成り行きにかかつていると信ずる様にさえなつた。日本人がこの戦争の為山のやうな犠牲を荷い切れず、士気が粗喪するだろうなどゝタカをくゝつた考をしてはならない。日本精神、すなわち「大和魂」なるものは、最近之迄にも増して高揚されている。馬来半島からビルマ,比律賓、蘭印その他南太平洋の諸島を一挙に征服した日本軍の戦果は否定出来ない。日本国民はこれにより戦争は勝ち得るという自信をえた。彼等は最後の勝利を得る迄には長期の難戦を覚悟し、飽くまで耐え忍んで最後の勝利を得る事が出来ると信じている。
 此の自信は日本軍の成果に基くばかりではなく、敵軍の戦闘力を軽蔑する所からも来ている。日本は西欧諸国の技術の発達を充分心得ているが、それ故にその発達した技術を取り入れ、自己の目的に適するよう應用した。又西欧諸国の生活程度の高い事もしつているが、西欧文明は高い生活水準の為軟弱となり廃退しているとさえ信じている。日本国民は民主々義を奉じる者はその為に惰弱となり、高い生活水準を楽しむ者はその為に自堕落となり平和を信じ愛するものはその為に軟化するとあたかも催眠術にでもかゝつたように信じ込まされているが、これは米国に対する挑戦である。我々は日本人を取るに足らぬ国民で、その成し遂げた事と言えば、我等の下手な模倣にしか過ぎないなどゝ余りに長い間錯覚を抱いで来た。事実はそれに反して日本は巧智な又危険な敵である。此の敵を倒す為には我等の持つ智力能カの総動員を行わねばならぬ。
 太平洋の後方から放たれた此の挑戦に対して我が方は如何に応えるベきか? 軟弱で危機の最中にありながら国民の統一もとれぬと我等を見下すこの島国に何と答へるペきであらうか? 私は帰国以来日なお浅く此の問題に自信を以て最後の解答を下し得るかどうか疑問に思うが、然し今迄可なり多くの人と面会し、意見を交換し合ったから夫を基にし今日の危機に立つ祖国の動向をある程度感知し得ると思つている。或は、アメリカから離れていた為に却って平和から戦争に推移したその変化を毎日此処にあつて見て来た人よりもはつきり見る事ができるかもしれない。                                
 誰でも長い外国生活から帰ってくれば我が国の偉大な工業力が軍需生産に転換された事実に驚嘆せぎるを得ないし、誰しもが陸続と召集されて行く大軍隊や日毎に建造されて行く大艦隊に深く感銘せざるを得ない。だが、これすらも我等が発揮し得る能力の最高点を去る事はるかに遠いものである。我等の今日までの成果というのは工業機構と人的資源を平時から戦時へ編成替えした第一歩を比較的客易に成就したというに過ぎない。これを蹴球に例えて見れば、第二流の選手を相手にした練習の程度である。各選手は自分の任務は忠実にやつてのける訓練は出来ているが、大仕合に勝つだけの意気込み、気力に欠けている。我等は今一層緊張しなければ駄目だ。仕損じをしては大変である。此の戦争は遊戯ではないのだ。生きるか死ぬかの戦である。よい加減な戦時編成替えをした丈では不充分である。之迄に経験した事のない異常な努力を必要としている。祖先伝来の此の米大陸を確保し、叉内敵、外敵から夫を護る為に米国民は過去に於て超人的働きを見せたが、今日我等の直面する任務は夫以上、未曾有の大仕事である。
 最近私の友人の一人は「我が国民の心構えは健全なものであるが、生きるか死ぬかの闘いに捲き込まれている現状を未だ充分認識していないのが遺憾である」と書いて寄越した。
 今更私が云々する迄もなく、弾雨をくぐる前線の将兵も、銃後を守る女性も共に断固とした決意、雄々しき精神を以て、幾多の犠牲を省みず敵の征服を撃退している。若し──此の「若し」という前提が大切であるが──銃後にある我等が一人残らず全力を挙げて戦線にある将兵を支持するならば、彼等は日本軍がたとえ何を向けて来ようともそれを克服する事が出来る。日本を征服へと駆り立てるその野望は慈悲とか寛容という言葉を全く知らない。我等の文明文化の本質を構成する理想に対しては全く盲目である。彼等の野心を止める唯一の道はそれを打破するにある。
 私の言うところを銘記して戴きたい。我等が敗戦すれば我等が奴隷の地位に突き落とされるばかりでなく、全世界が奴隷化される。然し我等は決してまけないだろう。その理由は我等は自由の国に住んでいる自由人であり、才能に恵まれた国人でありかつ我が国家、家庭、伝統、文明、主義、文化規準、人道の自由を維持し、将来の我等の生活を安固ならしめねばならぬと固く決意しておるからである。

 第三章の一部を転載した。まだまだ転載したい部分がある。特に冒頭の大統領演説は、あまりにも有名だから周知の内容だろうが、同時多発テロの発生で騒然としているアメリカの、今回の大統領演説と比較する意味で、転載したかったが、持病の腰痛が再発して苦しんでいる最中なので今回はこれで終了とする。強調したいことは、歴史は繰り返す、という古色蒼然とした真理である。
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