空席通信
2002.1.31 No.101

『旅』

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 今回から未刊の拙著『歌と戦争』の長期連載にかかる予定であったが、旧著の補筆作業で未整理のものがあることを、畏友のW氏から指摘され、慌てて思い出した。まず、それをかたづけてから『歌と戦争』に入ろうと思う。これはかなりのページ数なので、全体像はいずれ単行本として上梓された時に読んでいただくとして、抄録であることを、予め断っておこう。

『探書遍歴』(1994年)の第24章は「『交通東亜』を読む」であるが、そこで私は、1924年に創刊された旅行雑誌『旅』が戦局の悪化で統合整理の不運にみまわれ、1943年8月に休刊した、とのべた。
 然し、その最終号は未確認であった。その最終号がW氏から提供されていたのである。
『旅』はJTBの前身である日本旅行文化協会の機関月刊誌で、協会は日本旅行協会、日本旅行倶楽部などと名称をかえながら二万人ほどの会員を擁し機関誌の発行を継続、「旅」の楽しさをPRした。しかし、その頃は現在のように旅行する人は、いわゆる有閑階級の一部の人たちであった。
 その『旅』が戦時下に『交通東亜』になり、やがて終刊する経緯は旧著に書いたので、ここでは省略する。
 最終号はご覧の通り塩田で働く女性の写真である。総ページ数七十九。定価は三〇銭。第二〇巻第八号。
目次1
目次2
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 目次をスキャナーする。不鮮明な画像でよく読めないかもしれないが戸塚文子の名前が目を引く。その他で目をひくのは「大陸・南方事情」の中の押火健七郎他4名だろう。押火はは鉄道省の官吏、太田三郎は画家、高槻俊一と辻村太郎については経歴を知らない。4名が日本占領下のジャワなどの南国について報告している。
 巻末の「終刊号に寄す」は第二〇巻第八号に至る期間の寄稿者や創立関係者達の文。文字が小さいから書き出しておく。陸軍少将・桜井忠温、作家・岩崎栄、司法次官・大森洪太、法学博士・松波仁一郎、マンガ家・田河水泡、作家・相馬御風、山岳家・藤木九三、林学博士・田村剛、俳人・室積徂春、法学博士・下村宏、俳人・荻原井戸泉水、同じく富安風生、坪谷水哉、川柳家・川上三太郎、評論家・新居格。
 読んで面白いのは(資料的に)松葉重康の「移動演劇日記」である。
農閑期の地方を移動して戦意高揚に貢献した移動演劇については伊藤熹朔の著書があるが他の文献が少ない。とくに、具体的な現地レポートはあまり見かけない。松葉は一月から三月にかけて岩手、新潟、長野、山梨、滋賀、和歌山、愛媛、宮崎での「食料増産感謝激励戦場精神高揚人形劇の夕」と呼称した巡回演劇活動について報告している。二時間に及ぶ演劇の内容はつぎのようなものだったようだ。
1 開会挨拶
2 国民儀礼
3 支部長挨拶
4 人形劇「翼賛一家」
5 宣誓劇「撃ちてし止まむ」
6 人形劇の解説ならびに指導
7 人形劇「兄弟」
8 紙芝居「馬と砲声」
9 厚生体操
10 指導歌「この決意」
11 人形劇「村の飛行兵」
12 斉唱「海ゆかば」
13 万歳三唱
14 閉会挨拶
 
 指導歌「この決意」は、「海ゆかば」とともに国民必唱歌曲として何か集会があれば必ず歌うものだった。前者は「今だ! 忘れてなるものか あの日の朝の感激を。そうだ! 誓おう英霊に がんばり抜いて勝ち抜くぞ。これだ! 唸るぞこの腕が 戦う力作るのだ。敵だ! 倒すぞ米英を 一億の手で団結で」といった歌詞。伊藤久男、藤山一郎、松原操、渡辺はま子などが競って歌った大政翼賛会選定歌だった。
これらの歌手の歌唱責任も不問になっているが……。
 絶望歌「海ゆかば」は神津善行が師事した作曲家・信時潔の名曲といわれているが、戦中の猛威に恐れをなしたのか戦後はすっかり忘れられている歌である。日本帝国海軍には東儀季芳作曲の「海ゆかば」もあるが、信時のものが絶唱といわれた。あの絶望的悲壮感から来る戦意高揚心は今では伝えようもない出来事である。
 戸塚文子の「地方文化の探求」は、翼賛文化活動の盛んな村のレポートと宍道湖地方の紀行文。山下一夫の「木船進軍」とともに特別記事扱いになっているが、たいした内容ではない。
 北海道鉄道や伊那鉄道など五つの私鉄が国鉄に合併したとか、空襲警報下の列車の運行はどうなるか、などとコラム記事に面白いものがある。傑作は値上げする駅弁についての記事。旅客一人に一つしか売らないとか、弁当持ち帰りのおそれある者には販売しないとか、真面目に書いてある。禁煙でなかった横須賀線もいよいよ禁煙列車になるというのもあった。最後に裏表紙一面の官製広告をコピーしておこう。これがなかなか面白い。「道を譲ろう」の「道」は、もちろん鉄道のことだが、「戦力増強の物」「戦時緊要の人」は、要するに、一般の貨物や人は、鉄道利用を控えろ、という命令である。それが重点輸送なんだろう。
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