空席通信
2003.1.21 No.111

歌と戦争 10

 106号で書影を紹介した『海軍軍歌集』は1943年5月31日に新橋にあった海洋文化社が発行したもの。名前の通り海洋関係の出版社。同社の出版物で、すぐ思い出すのは丸山薫が編纂したアンソロジー『日本海洋詩集』である。手元の『海軍軍歌集』は講談社の図書館が所蔵していたもので、大きな蔵書印が残っている。戦後に廃棄処分されたものがわたしにたどり着いたのだろう。題名どおり海軍の軍歌を集めたものだが、解説を藤浦洸(1898〜1979)が執筆している。「悲しき口笛」「私は街の子」など美空ひばりのデビュー当時のヒット曲を手がけた作詞家だが、敗戦後は「20の扉」や「私の秘密」などのレギュラーとして活躍し、詩人と呼ばれた。戦前の作詞では淡谷のり子の「別れのブルース」(1937)をはじめ藤山一郎の「懐しのボレロ」、中野忠晴の「チャイナ・タンゴ」などがある。「チャイナ・タンゴ」は戦後に霧島昇が歌って、またまたヒットしたから知っている人も多いだろう。藤浦の傑作は「水色のワルツ」というのが定番だが、わたしは「一杯のコーヒーから」や柳沢真一が歌ったガーシュインの「スワニー」を好む。彼、生前は「別れのブルース」が女々しい歌だと当局からにらまれた話などを持ち出して戦中のリベラリスト面をしていたが、これは嘘。例えば、つぎのような歌がある。わたしが入隊すると決めていた三重海軍航空隊で撮影した古川ロッパの映画「敵は幾万ありとても」の主題歌である「今ぞ決戦」(1〜4)の2番は、こんな歌詞である。
今ぞ決戦 (藤浦洸・明本京静)死ぬも生きるも国のため/意気は凛々しく天を衝く/「今ぞ決戦」結んだ口の/断の一文字貫くぞ
 楠木繁夫と近江俊郎が歌っていたが、津村秀夫がなかなか良い歌だと褒めていたことなどは『大東亜戦争と日本映画』(1993)でふれたので繰り返さない。藤浦の大東亜共栄圏賛歌の南洋ものには高峰三枝子が歌った「南の花嫁さん」や三原純子(1920〜59)の「南から南から」がある。三原純子のものは吉田信の作曲。彼女は楠木繁夫の夫人だった。「南の花嫁さん」は戦後も歌われたが(ミスNHKの荒井恵子がのど自慢で歌ってデビューした)歌詞は改作されている。
『海軍軍歌集』から藤浦の解説文を引用しよう。
大東亜戦争 大正と昭和の初期、即ち大東亜戦争以前には、いわゆる流行った軍歌は殆どなかった。大東亜戦争は、この本の読者の一人づつが、身に沁みて感じ、感動し、あるいは直接に間接に身を挺して戦っている戦争であるから、その説明をすることは、今更のことであるから止すとして、ここに大東亜戦争の軍歌というものが、みんな共通に日清日露のそれと異なった特性があることを述べたい。第一には歌詞が、みんな同じような長さであるということである。というのは、軍歌が出来れば、それを一般に知らせる最もいい方法はやはりレコードに吹き込むことである。従って多少の長短はあっても、一面のレコードに吹き込める程度にする必要があったのである。このことは出来た軍歌にどういう結果を起こしたかといえば、抒事詩的な長い物語り的な軍歌が亡くなったということである。詳しく事件を歌に歌い込む事が出来なくなった。更に大東亜戦争の軍歌のもう一つの特性は、この長い平和の間に、作詞も作曲も、普通の抒情歌、恋愛歌、流行歌等によって当事者の技術の進歩を来していた。それが、軍歌に現れて一口にいえば「上手」になったのである。勿論この技巧上の巧妙の裏に私どもは力の足らなさと、美しすぎることを感じる場合もある。が、内容と精神に劣りさえしなければ、技巧の優れたことは、決して悪いことでは無いと思う。この大東亜戦争で出来た歌は実に多数に上る。そのうち、ここには代表的なもののみを編集した。
 選ばれた軍歌は「太平洋行進曲」「海の進軍」「大東亜決戦の歌」「特別攻撃隊」「海軍落下傘部隊」「月月火水木金金」の六曲。順に解説蚊を抄出しよう。
 ……太平洋の柔剛の波の響き、雄大なしかも愛情のある太平洋の風景が浮かびでている。名曲。
 ……われわれは米英がABCDラインを造りじりじりとその圧迫の手を締めてくるのを感じ、いついかなることがあってもよろこんで海に進軍する精神に到達した。作曲家はレコード界中の一流の作曲家である。
 ……昭和16年の暮野作品で毎日新聞社の懸賞歌。わたしも選者の一員だが、大東亜戦争が生んだ名行進曲。
 ……これは荘厳な典歌であり祭慰霊歌であって、放唱すべき歌ではない。わたしも日本国民であり、諸君も日本国民である以上、もはや一行も書く必要なく、読んで知らねばならない一字も残っていない。
 ……帝国陸海軍にドイツやソヴェットより優れたものが会ったのを知ったのはセレベスに空の神兵として舞い降りたあの壮烈な報告を聞き、映画を見た時がはじめてだった。
 ……ああこの涙ぐましい帝国海軍の決意と努力に感謝せよ。われわれはこの戦果の大いなるもの、よって来るところのあるを忘れてはならない。(この解説文は他のものが200字くらいなのに比べて一ページ使っている900字の長文のもの)
 戦時下に国民の戦意を鼓舞したものは、歌であれ、文であれ、芝居であれ、どれも今見ればヒステリックなものとしか思えないが、次号では、音楽の世界で軍当局から少将待遇された作曲家を筆頭に、五本の指に入るヒステリックな戦争鼓舞者・堀内敬三についてのべよう。



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