空席通信
2003.2.27 No.112

歌と戦争 11

 日本の音楽社会のなかでアジア・太平洋戦争の推進に率先して邁進した人物といえば、山田耕筰、堀内敬三、古関裕而、古賀政男等を筆頭に枚挙にいとまがない。それこそ音楽社会人の総動員かもしれない。
 誤解のないためにことわっておこう。「音楽家」をある辞書で見ると「音楽を専門に修める人。また、音楽にすぐれた人」とある。さらに「音楽」を見ると「音を一定の方式で調和結合させて、感情を表現しあるいは美感を喚起する芸術」(三省堂・『新国語中辞典』)とある。
 どうですか。恐れ入りましたか。「芸術」ですよ。拙著『つばめの教室』の挿絵を担当した画家が「ゲージツカ」と自称してるが、その程度の話ではない。わたしが最初に、「音楽社会」とことわったのは、「芸術」にこだわるからだ。しかし、音楽論を展開するつもりはないから、以下では特に断らない限り「音楽と一般に認識されているものを職業的に利用している人」を音楽家としておこう。「職業的」とは、ここでは飯の種にしていること。
 古関裕而は、その歌調から反戦作曲家だった、なんて事をいう人もあるが、開戦当時は連日NHKの放送局につめて、「ニュース歌謡」ものを即席で作曲していた。それをすぐ藤山一郎などが歌ったというのだから恐れ入った話である。
 「ニュース歌謡」は、相次ぐ戦果ニュースを「矢継ぎ早に作詞作曲して電撃的に放送する歌謡」のこと。『放送』(1942年1月号)の「放送局だより」の頁に、つぎのような記事がある。


凱歌高しニュース歌謡 12月8日、わが国が米英に宣戦するや同夜8時20分より野村俊夫作詩、古関裕而の作曲と指揮で、伊藤文男と霧島昇により「宣戦布告」のニュース歌謡が放送され、休む暇なく翌9日にはわが軍陸海空各部隊のかくかくたる大戦果を頌えた「泰国進駐(野村俊夫・山田栄一)」と「皇軍の戦果輝く(野村俊夫・古関裕而)」が歌われ、さらに10日には「イギリス極東艦隊潰滅(高橋掬太郎・古関裕而)、「長崎丸の凱歌(島田磬也・細川潤一)」および「フィリッピンの進撃(勝承夫・山田栄一)」、12日の夜は「東京・ベルリン・ローマ(勝承夫・山田栄一)」「世紀の決戦(野村俊夫・古関裕而)」などが矢継ぎ早に作詩作曲され、奥田良三、藤山一郎、波岡惣一郎、松平晃の歌手により戦局を追って電撃的に放送されました。
 これから対象にする堀内敬三は相撲界に例えれば西の横綱だろうか。ともあれ、もう彼のことは、知らない人のほうが多いだろうから、一般的な人名事典(コンサイス日本人名事典)から抄録しよう。敗戦後は連日ラジオの放送で活躍し、その名前を全国に轟かせた人だが……。
1897年生まれの堀内は旧制中学時代からオペラ「カルメン」などを訳し、アメリカに7年間留学して工学を修めるかたわら、オペラと音楽全般の見聞をひろめた。帰国後NHKの洋楽主任を勤め、わが国の音楽文化の向上に貢献、1968年に勲三等瑞宝章を授与された。1983年没。
 20歳の時にマサチューセッツ工科大学に留学し、同大学院で工学を学んでいる。工学と音楽と、ストレートには連繋しないが、そういえば、吉本隆明も工科出身だった。このような例は珍しいことではない。
 堀内は86年の生涯で「わが国の音楽文化向上に貢献」して勲章をもらっている。アジア・太平洋戦争の時代は、彼が40代から50代半ばの、人生で最も充実している時期であるが、その間の彼の表現責任は不問にされた。なさけないことだが、これも日本の文化のありようとして珍しいことではない。
 戦時期の音楽社会には「日本音楽文化協会」(1941・11・29結成)なる団体があった。社団法人であるが、情報局の主導で生まれた御用団体である。当時の文化人は文学者も評論家も歌人も皆がそのような団体の会員となって戦争を翼賛していた。雨後の筍のようにそのような団体が林立していた。

日本音楽文化協会
 会長 徳川義親。  副会長 山田耕筰。
 顧問 大倉喜七郎 岡部長景 加藤成之 京極高鋭 近衛秀麿
    武井守成 武富邦茂 徳川頼貞 乗杉嘉寿 藤山愛一郎。
 参与 外山国彦 石倉小三郎 川上淳 田村虎蔵 田辺尚雄
    永井幸次 颯田琴次 小松耕輔 福井直秋 堀内敬三
    増澤健美 鈴木のぶ 三浦環 神戸絢子。
 名誉会員 田中正平 安藤幸子 幸田延子。
「音楽文化新聞」は、この協会の機関誌で月三回の発行(発行所・音楽之友社)。編集発行人は加藤省吾。主筆が堀内敬三であった。
 今回は申し訳ないが此処で中断する。かみさんが入院して手術することになった。順調なら退院は三月下旬の予定。執筆どころではなくなったのである。乞うご容赦を。

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