空席通信
2009.10.11 No.132


インターミッション・戦争だ戦争だ−−−−高知の文化人の足跡 6

(資料1)

(資料2)

(資料3)

 横山隆一氏の描いた「撃ちてし止まむ」はポスターになって国民学校に配布された。『寫眞週報』(262号)はそれを「ぬり絵」にして掲載した。
 《コノオニハアカオニデス。イギリスノハタヲハラマキニシ、アメリカノ旗ヲフンドシニシテイマス。ヨクカンガエテカラクレヨンデヌッテゴランナサイ》とキャプションがある。 「まんが館」の戦時中の隆一氏の絵葉書を展示したケースの中に新聞の「切り抜き」があるが、そこに説明抜きで、そのぬり絵の写真がある。(資料1)
 朝日新聞社の発行した週刊誌『週刊少国民』は、それを表紙にしている。
 同誌には「フクチャンのウチテシヤマム」の連載(6回)もある。彼は、その前に「アエルクン」(12回)を連載していた。『週刊少国民』(43・2・20)には藤田嗣治氏の戦争画を彷彿するような「ウチテシヤマム」もある。(資料2)
 「撃ちてし止まむ」の国民運動は戦意高揚・敵愾心扇動に大きな役割を果たしたが、その一翼を「フクちゃん」が担ったのである。当時、熱心にぬり絵をした私はそのことを忘れない。
 「フクちゃん通り」に陸軍報道班員時代のものを、ちょっとだけ展示したコーナーがある。この時代の隆一氏を語る一級資料は『ジャカルタ記』(1944・3 東栄社)だが、それは展示されていない(資料3)。以前、鎌倉文学館の「隆一展」では、ガラスケースに入って展示されていたが、「まんが館」には同書がない。同書の序文をジャワ派遣軍宣伝報道部長の陸軍中佐がつぎのように書いている。
 「こん日では、漫画も戦力であり画家もむろん戦士であるから横山君が大東亜戦争に従軍したことに何の変哲もない。彼はジャワ全島をコマネズミのように駆け回って、この戦闘報告書を書いた」。


(資料4)

 この書を補完するものが現地で宣伝班が発行した陣中新聞の『うなばら』『赤道報』である。隆一氏は同紙に一こまの諷刺マンガや「バタビヤ フクチャン」「フクちゃん出発」「旅だより」「フクチャン部隊」などを発表、日曜版で小野佐世男氏と「ジャバの楽園」のマンガ紙面や「ジャバのエハガキ」などの紙面を担当した。これらのものは全く展示されていない(資料4)。  このコーナーで目をひく展示品は、アメリカが日本人向けに作成し飛行機でばらまいた宣伝ビラ「落下傘ニュース」に関するものだろう。そのビラに「フクちゃん」マンガが18回も転載されていたので、その無断使用料一回分10円・合計180円をアメリカに請求し受領した経緯が紹介されている。その180円の硬貨は、アメリカ大使館の公用箋に仰々しく貼り付けられて飾ってある。「落下傘ニュース」は、その内容が謎だったが、2000年12月に全貌(全24号・号外1号)が復刻された。それを見ると「フクちゃん」は16回掲載されている。18回とは不整合である。


(2009年8月13日から21日まで高知新聞で連載)

(→その7に続く)
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