学生諸君へ
第4回 自作詩

 今回の通信では自作詩を紹介したので、諸君にも自作詩をおくろう。1975年5月に上梓した『詩集夜の扉』の作品群である。(27篇中の20篇)


夜の扉 序詩

 深い闇の中では
 呟きでさえ息苦しい

 ああ 夜の扉が開く
 眠れぬ耳に軋りながら

 暗黒を液体のように浴びたものが
 そこから出たり入ったりしている


煙突

 机の前の窓を半分にくぎって
 太い煙突がそびえている
 窓から身をのり出して仰ぎ見ると
 それは無限の空間へそそり立ち
 はるかな高度で
 うすい夜の煙を吐き出している

 それは永劫への垂直の墜道
 人が生涯の果てにのぼりつめる
 火葬場の煙突だ

 「存在」は あのように煙になるために燃えつきるのか
 さかんに風が吹き抜ける空間へ吐き出され消えて行く

 煙が運ぶ白い灰が
 人の気づかない隙間から忍び込んできて
 うっすらと積もっている
 机に 目ざめている心の上に──

 わたしは坐している
 いまにも燃え出しそうな熱をもって
 咳き込んでいる
 手のひらで灰を拭き取っている
 届くことのない長い書簡をしたためている
 追い立てるものたちの声を背すじに
 その煙突を真向かいにして      (そのまた上へのぼってしまった山川方夫氏に)


消しゴム

 ぼくは消しゴムのように
 もまれ こすられながら
 人生の紙面に圧しつけられている
 まちがって書かれたものたちを
 正しく書きなおすために
 書きなおしたつもりが
 しょせん まちがっていたりする
 しがない過失の くりかえしをするために
 シジホスの徒労で紙面をけば立たせ
 空白を作り出している
 そしてぼく自身も まちがっていたもののように
 虚無になってしまう


急行列車

 ぼくには追想がない
 ぼくの傍を
 事物が素早く
 行き過ぎてしまうから

 記憶の抽斗は
 いつもからっぽだ
 あとにも さきにも
 ぼくの現実は永劫の軌道

 おお 僕は行き先不明の急行列車だ
 いま この瞬間も
 ぼくから言葉は吹きちぎれて
 飛び散って行く
 ──聞こえるだろう 疾走の言葉が


ビール

 栓を抜くと
 閉じこめられていたものがあふれ出てくる
 こぼれてくる
 湧き上がる泡は
 不安や不満を呟いているようだ
 まるで人の日常だ
 そんなものをジョッキに受け止め
 スコールなどと叫びながら
 飲み干さなければならない
 酔いしれなければたまらない
 という快楽の苦汁!


蚊取り線香

 お前に火をともすと
 煙が立ちのぼり
 虚空の中に不思議な線を描く

 あれは わたし達を取り囲む虚空に
 見えない複雑な仕切りがあって
 それに沿って煙が
 立ちのぼっているのだ

 煙はすぐに
 その仕切りの向こう側へ消えてしまうが
 その向こう側から落ちてくるのは
 手足を痙攣させた無数の断末魔である

 だから お前は
 生命が死になるプロセスの渦巻きの形態をしている
 悶死のまなざしをしている


臨終の眼の中

 ながい浪費のあげくに
 とうとう ぼくの視力は囚えられたのか
 視野を鉄格子のようなものがちらついて
 その先は 一面の灰色ばかり
 まるで獄窓から立ちふさがっている高い塀を
 うかがっているようだ
 そして出し抜けに理解する
 ぼくの視力を逆手に囚え
 なにものかが ぼくの内部を覗いていることに



 毛を刈られて牧草地へ戻ってきた羊が
 むしった草の残滓を
 こみあげるように反芻している
 そして しきりに「おいで おいで」をするススキの陰へ
 季節を間違えて咲いた花のように消えていった

 あんな足取りをした羊は
 もう毛が生えてこない ということを知っていたのだ
 すると どうなるか ということも
 知っていたのだ
 知っていてどうすることも出来ない ということも知っていたのだ


クモ

 花の枝先からぶら下がって
 希薄な造形をしているクモの空間は
 日常の樹木がしげる
 人の魂の枝先なのだ

 そこでは 道徳のように鋏のある虫や
 名誉のように毒をまく蝶が
 うるさく飛び交うから
 人の魂はいつも縫い目をほころばせている

 あいつは そんな虫や蝶を食べたから
 あんな姿になっているが
 まったく徒労と知りながら
 魂の傷口を繕っている奴だ


フクロウ

 暗闇の中でも彼の目は識別する
 草むらとウサギの耳を
 木の枝とリスの尾などを
 木陰にひそむ銃口が彼の心臓に照準されているのが
 はっきりと
 それだけではない
 やがて その銃口から飛来する手はずの弾丸までが
 見える宿命のまなざしである

 だから彼は そんな目のやり場に困っているように首を傾げ
 万有の陰で独りうずくまっている
 理解されることのない独言を呟きながら


吠えない犬

 荒々しく近づくと
 その犬は目やにをためた目で
 ゆっくり こちらを眺めるが
 「何もないじゃないか」というように
 目を閉じてあちらを向いてしまう

 その犬が自主的に動くのは
 ときどき首を曲げ
 忘れていたものを思い出すように
 しなびたふぐりを舐めるときだけだ
 ヤブシラミの咲く日だまりに
 疲れた形でのびている全く吠えない犬




 また 八月の犬が歩いて来た
 犯した罪を隠して
 そしらぬ顔の人たちがいる
 ふるさとの広場へ
 死んだ仲間の慟哭の影にからみつかれながら
 びっこをひいて
 きれいな手をしているという子ども達が
 指さし投石する罵声の中へ
 首つりのひものような手綱を
 引きちぎれた形にひきずりながら
 ゴルゴタの人のように目をあげて
 また八月の犬が歩いて来た


赤い絵の具

 私は病床で
 うすくなった両手をかざしてみる
 過ぎ去った日を考えながら

 私の実在は ひとつの 赤い絵の具みたいなものだ
  
 容赦なく私を絞り出した
 あの指は誰であったろう
  
 そうして描かれた絵の中で
 私は何であったのか

 窓から見える秋の梢から
 たくさんの紅葉が
 せきたてられるように凋落している


春の終わり

 ぬぐい去らぬ烙印は
 肉体に引きつれ
 傷みは遠く乾いた
 いま 牛はサクラ並木の土手を
 とさつ場に向かって歩いて行く
 花びらをあびながら


路上の毛皮

 血のよだれをたらしながら
 もっと歩きたいというように
 しきりに足を痙攣させていた路上の犬の形をした
 涙の目の生命
 
 それは繰り返し轢きつぶされ
 すっかり薄くなって
 とうとう一枚の毛皮になった

 そして ある日
 風の外套となって舞い上がり
 吹き飛んでいった


嘆きの果実

 ぼくに背を向けて咲いていたバラの花が
 振り向いて微笑みかけることもなく散り
 残った枝の上の
 バラの花の形をした空間から
 悲しく秋空が透けている

 かくなる上は
 わが片想いを せめて植物的な諦念の形態で
 ぶら下げるだけ
 ヒョウタンとして生まれた このぼくは
 そうして永劫にくびれるのだ


タンポポ

 燃えた春の額が
 つめたい色の綿毛におおわれている
 年老いたタンポポよ
 愛する人の顔が
 やっと あなたに近づいてくる
 だが「どうか接吻を」と叫ぶ間もないうちに
 あなたは かぐわしい烈風に
 吹き飛ばされてしまった




 やさしく身悶える肉体の上で
 花瓶からしなだれる
 枯れた生け花のように
 男が萎びるとき
 なまめかしい意識の暗黒から
 見た事もない鳥の群れが
 一斉に飛び立って行く
 冷たい季節を後にして


残夜

 やがて星がひとつ また ひとつ
 消えるだろう
 樹木が見なれた形にもどって
 現れるだろう
 家は家の形にもどり
 いつもの道が 浮かんでくるだろう
 腹のすいた犬が歩いてくるだろう
 露に濡れた草花が
 それぞれの色にかえって揺れるだろう

 それらが
 どのように現れるのだろうか
 いなくなった人たちの目に


 結びの歌

 うれい顔に夢がよぎる
 夜空に閃く稲妻のように

 夢は生命が歯ぎしりうちに語る言葉
 やがて 現実と区別出来なくなり果てるもの

 その時 すべては燃える家屋のように
 崩壊して完成する
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