学生諸君へ
第5回 私が消えた話

 幽霊にまつわる話はいろいろある。ぞっとするのから、思わず笑い出してしまうものまで、内容もさまざまである。
 これから諸君に話すのは、私自身にまつわる一種の笑い話だ。消えてしまった話だから幽霊みたいだ。もっとも、幽霊などこの世には存在しないが。
 話に現実味をもたせるには少々小道具が必要になる。それは、一冊の詩集である。その詩集、自費出版本でないから入手は簡単だ。近くに図書館でもあればそこで間に合う。しかし、そんな環境の者は少ないだろうし、近くにあってもなかなか行かないものだから、ともかく私の話を読み、覚えていて、図書館に行った時にでも思い出してもらえればいいだろう。図書館ならだいたい蔵書しているだろう。そして、私の話の部分だけを見るのではなく、できたらその詩集も熟読してほしい。
 運良く、手元にあれば早速に見てほしい。そう、旺文社文庫版の『村野四郎詩集』である。
 そこには、村野四郎の作品から、いくつかのものが選ばれていて、杉本春生の「解説」もある。その解説文の中に1953年の金井直詩集出版記念会での記念写真が収められている。会は新宿の紀伊国屋で開催された。
 その写真の説明文がある。写っている人物の紹介が、前列左より順に紹介されている。村野四郎、安藤一郎、嵯峨信之、壺井繁治などの詩人に混じって、山本太郎、須藤伸一、木原孝一、滝口雅子、野口清子等の、いずれも若い顔が見える。
 ついでに言及すれば、同じ写真が新潮社の『日本詩人全集』(全34巻)の34巻『昭和詩集(二)』にも収録されている。
 
 金井直は私の古い詩友である。知り合ったころは、もちろん、お互いに独身で、彼は西ヶ原に住んでいた。住まいは巣鴨駅から染井墓地をぬけ、外語大学の先の、長屋である。二階(屋根裏)の狭い部屋が彼の書斎であった。ご母堂が、時に三味線を弾いていたりしていたのを記憶している。彼の家で、お茶をごちそうになったことは一度もなかった。そんなつまらないことを強烈に覚えている。彼の詩篇には、私と散策した際の中川風景のものが、いくつかある。私は、ずっと葛飾の青戸に住んでいて、彼が何回か来遊している。
 当時の彼は『詩学』の投稿欄(選者・村野四郎)の常連入選者で、ほかには「荘厳ミサ」と題する詩編を書いていた保富庚午、谷川俊太郎、山本太郎などが記憶に残っている。保富はシェル石油会社の社歌を作詞したり、後に、テレビの歌謡番組の演出などで活躍したが他界した。山本は、大学の先生になり、信州での講演中に亡くなった。谷川は健在だが、彼には一度会っただけだ。私とは肌が合わないことを直感した。彼は処女詩集を三好達治の序文で創元社から上梓したが、その時、やっぱり……、と思ったものだ。無名の金のない詩人たちが名のある出版社から処女詩集を上梓することは、夢のような話だった。この際、公言しておくが、彼の詩才を見いだしたのは村野四郎である。
 私が最初の詩集のようなものをガリ版で上梓したのは中学生(旧制)の時で、紅顔の無鉄砲、それを図々しく詩人たちに献本した。村野四郎から返事があった。「……面白かった。遊びにいらっしゃい。」と。
 今にして思えば、面白かった、ということに重大な意味があったのだが、当時の私に、そんな詩人の深い配慮を読みとる能力などはなかったから、ただただ有頂天になって、早速、訪問した。その時の私の懐中には村野の戦争詩を収めた詩集があった。後年、詩人の奥さんから「高下駄をはいた可愛い中学生が見えて」と回想話を聞かされて苦笑したが……。
 ある時、学校近くの水族館(不忍池に出来たばかり)の入り口前で、入ろうかどうしようかと、乏しい懐と相談していたら、中から金井直が出てきた。私を見つけて「座布団みたいな魚がいるよ」。ぼそっと言った。巨大なエイのことだ。私は入館をあきらめて、彼と池の端でしばらくおしゃべりをした。そして、彼が詩集を上梓したいこと、しかし金がなく、出版社も相手にしてくれない、といった話を聞いた。
 昭南日本学園(日本軍が占領したシンガポールに開設した日本語学校。校長・神保光太郎)のことを調べていた私は、日大の芸術学部に行き、そこの教授であった神保光太郎の所にも顔を出していて、詩人の青木ひろたかや槇こうしと知り合った。青木は私同様、金井の投稿詩に注目していて、金井の意向を話すと、彼の詩集なら出そうではないか、と話がはずんだ。彼は『薔薇科』という同人誌を主宰していたのである。同人には赤塚行雄、三越左千夫などがいた。
 同級生に、活字を製版している会社の息子がいて、彼に頼んで、私の下宿の近くにある印刷所に9ポの活字を一セット、安くわけて貰い、その活字で、待望の金井の処女詩集が発行された。黒い表紙の誤植だらけの詩集である。これも同級生の、親が経営していた銀座の近藤書店に頼み込んで、出来たばかりの詩集を書棚に並べてもらったが、よく売れた。無理な依頼をした私の顔はたった。金井にまつわる話はいっぱいある。いつか話そう。
 さて肝心の話だが、その写真、私が前列の左端に写っている。隣は金井直だ。説明文がふるっている。「前列左より、一人おいて金井直……」と私はおいてきぼりされているのだ。そして何時までも、そこで青白い若さを晒しものにしている。
 無名であることが、こんな時は寂しく感じる。しかし、いずれは忘れられてゆくのがこの世のさだめだろうし、忘れられない、といっても死んでしまえば死者には関わりのないことだ。死んだら、みんなおしまいだなあ。おいてきぼりされて、そんなことを思っている。
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