学生諸君へ
学生へ

 前期の講義で諸君が刮目した日本美術史のタブー・戦争画。その後、研究はすすんでいますか。夏休みで、それどころではない? 冷夏ですからレジャーもいいが、研究にも励んでください。知的怠慢がどのような結果になるかは、もうご存知でしょう。
 まあ夏休みですから今回は戦争画展覧会の目録と『絵巻アッツ島血戦』(1944,陸軍美術協会)から藤田嗣治の絵を今度はモノクロで、一部分を拡大して紹介しよう。カラーで雰囲気を知りたかったら、前号のこの欄に、あまり良い映像ではないが、展示してあります。
 展覧会が開催されたのは、一つは支那事変といった中国との戦争時代の1941年7月、主催者は朝日新聞社と陸軍美術協会で、会場は上野桜ヶ丘の美術館。もう一つは大東亜戦争時代の1942年4月、主催者は陸軍美術協会、会場は静岡市の松坂屋である。どちらの目録も、戦争画は陸軍作戦記録画として「陸軍省貸下」と記されている。余計なことだが、前者の目録には画家・平澤定治宛の電報がはさまれていた。文面は「セイセンテンニュウセンヲシクス」クワタ」とある。千歳に住んでいる友人が入選のニュースに接して打った祝電だろう。目録の3ページには「戦勝祈願・東京平澤定治」とあり、赤丸がついている。平澤定治がどのような画家なのかは知らないが、恐らくこの目録は彼が大切に所蔵していたものなのだろう。どのような経緯で私が入手したのかは思い出せない。
 




 東京国立近代美術館にはアメリカが永久貸与した戦争画153点が所蔵されていて、一般には公開されていないと講義したが、いわゆる「戦争画」がこれだけと思うのは早計。ここに紹介した二つの目録には、153点以外のものがいっぱいある。「戦争画」は153点だけではないのである。このことを銘記して追究してほしい。大東亜戦争時代の展覧会目録から、それらの「戦争画」を引き出しておこう。いずれも支那事変の記録画だが、どれにも「賜天覧」とぎょうぎょうしく記載されている。中村研一の美術館で「戦争画」の実物にふれている諸君は、その迫力を充分に認識しただろうから、小さな引用でも理解できるだろう。

 陸軍作戦記録画(陸軍省貸下)
  伊原宇三郎 仏印サイゴンに於ける艦上の停
  戦協定
  田村孝之介 蘆溝橋
  深沢省三  蒙古軍民協和の図
  中村研一  花に匍う
  宮本三郎  南苑攻撃図
  田中佐一郎 転進
  川端龍子  八達嶺長城線攻撃図
  吉村忠夫  突撃路
  橋本八百二 征く光
  硲伊之助  臨安攻略
  栗原信   居庸関戦闘図
  清水良雄  杭州南星碼頭に於ける鹵獲品陸揚
  小磯良平  娘子関を征く
  藤田嗣治  古北口総攻撃

 後期はこのページにアクセスする学生のために、時事的な話題に絞っておしゃべりを楽しもうと思っている。忌憚のないコミュニケーションを期待している。掲示板をどんどん利用して欲しい。
 阪神タイガースの優勝が取りざたされている。若林時代からの阪神ファンとしては、喜ばしい限りである。しかし、バカ騒ぎをするつもりはない。これで又しばらく優勝しないか、と思うだけである。タイガースが面白いチームであることは間違いない。今後とも、優勝はいいから、巨人だけには勝ち越して欲しい。
 私の郷里・信州の上田には「無言館」という美術館がある。戦禍で若き命を失った無名の画家志望者たち(美術学校の生徒ら)の遺品画を展示している。これらも、ある種の「戦争画」だろう。機会があったら是非参観してほしい。


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